「夢中」 第五章:現世の扉
「キリ……?」
はっ と気がつくと輪廻がこちらを覗き込んでいた、
どうも察するに私は、かなり長い間
自分の世界に閉じこもりっきりで考え込んでしまっていたらしい。
「扉の向こうのおにいちゃんに何か聞いてきたの?」
幼いながらも、長時間の沈黙を守っていた私の様子に気を使いながら話し掛けてくる輪廻、
「うん、まぁ…… って、あれ? 知ってるのか?」
彼女の問いかけどおりの状況だったので返事を返してみたが、
途中、『おにいちゃんに』と言われた事に気がつき反射的にこっちからも聴き返してしまった。
―前にも輪廻とリンカが扉の先について来なかったことはあったが、
自分が扉の先で何があったを話すまでは 彼女たちは何があったかを全く知らなかったし、
その時は「もっと教えてよ~ それだけじゃわかんないよ~」と細かな話まで聴かれたのを覚えていたからだ。
「私じゃなくてね リンカがね扉の先に居た人の事を知ってるらしいよ、
でも細かい事は話してくれないの」
前々から思っていたが やっぱりリンカは普通の鳥ではないんだなと再認識した。
いくら、あれが特殊な扉だったとしても 開けた先の扉に誰が居てどんな人かを知ってるなんて……
でも、月明かりの扉の彼はあの時点で100年以上もの時を月と地上で過ごしていたらしいし
そういう意味での彼はこんな不思議な世界の中では結構有名な人物なのかもしれないなと、何となく思った。
「優しい紫の髪の毛の人が哀しんでた、
好きな彼女がちゃんと待ってくれるかどうかを ね」
自分は今回は輪廻にあまり細かな事を話したくないと思っていた、
あの真剣に悩む彼の話を 思い出しながら語るのは何となく嫌だったからだ。
「僕はあの子を最後まで信じます 後悔したくないから
でもね、僕本人が努力できないのが本当に本当に歯痒いんです。」
少し口にしただけなのに また彼の言葉が頭の中に蘇ってくる、
何故か自分はその言葉を振り払いたかった。
―理由は解らないけど 僕という人間は彼の真剣さを思い出したくなかったのだ。
「え~ もうおしまいなの?教えてよ~」
輪廻は僕の顔の辺りを見、周りをぐるぐる回りながら お得意の拗ねた声で言う。
でも、今回ばかりはどんなに輪廻に言われても言うつもりが無い。
かなり粘っても、僕が口を開かなかったのにむくれて ちょっとヒステリック気味な声をあげる。
「けちんぼ! いいもんリンカに聴くもん ね、いいでしょ?リンカ?」
そのセリフを聴いた僕は横目で彼女の肩に止まっていた彼を見た。
―一瞬ため息をついたように見えたのは気のせいだろうか?
肩から飛び立ち輪廻の目線の位置まで移動した彼は
あきらかにいつもよりも軽やかさを失っているさえずりで 音を紡ぎはじめた、
輪廻はその音に対して拍子をうつように、子供によくある大きなあいづちを打っている。
いつもはそんな事思ったことが無かったのにそのさえずりが
ちゃんと自分の理解できる言葉になっているような錯覚に襲われる、
扉の彼の話を 自分が話すよりも的確に輪廻に伝えているというさえずりのイメージがどんどん強くなる。
そしてそれが 彼のあの言葉がさきほどよりも、より鮮明に思い出させ、
それはどんどん自分の中で押さえられなくなるほど感情に成長していっているのに気がついた。
これは…… 腹立ち?焦り?
自分の中でどんどん負の感情は大きくなっていく、
そんな訳無いのに 僕はさえずりに責められている気がして仕方なかった。
そして、限界まで膨らんだ風船のような感情が爆発する寸前に リンカはさえずりをやめ、
「そっか、結局おねーちゃんは待てなかったんだね」
―輪廻は僕の知らなかった結末までを口にしていた。
「何で?あんなに真剣だったんだろ?何故愛してる相手を待てなかったんだよ?!」
直前まで自分の中で大きく成長していた負の感情がそれを手伝っていたのかもしれないが、
輪廻のつぶやきを聴いた直後に僕は完全に癇癪を起こしていた
足があったらなら地団駄も踏みかねない勢いで そのまま まくしたてた。
「彼は愛してたんだぜ真剣に!彼女は彼を愛してなかったのか?!」
輪廻に怒っても仕方ないのは解っていた、それでもあの黒髪の少女が許せなかった。
―そんな中で自分は激しい怒りを爆発させながらも、
不思議な事に心の奥では妙なカタルシスをおぼえていた。
怒りを口に出して負の感情を吐き出してみてはじめて
自分がどんな感情を心の中で育てていたかが見えてきた感じだった。
―僕は彼の真剣さをみて、自分のふがいなさを感じていた、
彼の真剣さがあれば自分は逃げて水の中に身をゆだねようなんて思わなかったはずだ。
間違えなく現世での自分は真剣に行動できてなかった。
自分が悪かった事を、それを理解してしまうのが嫌だったんだ。
彼との約束を守りきれなかった彼女に腹を立てたのは確かだが、
癇癪自体の本当の理由は自分のよみがえってくる記憶に対する憤りだったのだ。
そんな自分の中の子供じみた逃げ腰の感情が見えてきたため
感情の風船はすっかりしぼんでしまい僕は少し黙った。
少しの沈黙の中リンカが短くさえずり、そして輪廻が言った。
「リンカが言ってるよ 『仕方ないって、誰かの為にだけに生きる事を強要なんて出来ない』って。」
僕は何かで頭を強烈に殴られたようなショックを受けた、
そして 今までに無いほどの鮮明さで懐かしい声が叫んでいた、
「私はキリの保護者じゃないんだよ!なぜわかって……」
記憶の中に眠っていたその声は 最後は涙声で途切れていた。
哀しい声の残像が残る心の中に 色々なものが浮かんでは、消えた。
アルティモの叫び、主の居ない机上の花、月の精霊の彼、そして今の輪廻の言葉が……
何かのきっかけで僕の中で一つのものを完成させそうだった。
そう思ったとたん、まだまばらに点在していた扉が さらに数を減らしていった、
―そしてそのまま扉は全て消えてしまったのだ。
「扉が無い!!」
僕はびっくりしてそう叫び、慌てて360度見渡した、無い。
頭上も確かめた、やっぱり無い。どんなに目を凝らしても 扉は見当たらない。
僕は焦りつつ 何か聞こうと思い、輪廻を見た。
と、輪廻は何故か面白そうに笑いながら ……僕の足元を見ていたのだ。
最後の扉は自分の足元にあった。
2002年6月3日
はっ と気がつくと輪廻がこちらを覗き込んでいた、
どうも察するに私は、かなり長い間
自分の世界に閉じこもりっきりで考え込んでしまっていたらしい。
「扉の向こうのおにいちゃんに何か聞いてきたの?」
幼いながらも、長時間の沈黙を守っていた私の様子に気を使いながら話し掛けてくる輪廻、
「うん、まぁ…… って、あれ? 知ってるのか?」
彼女の問いかけどおりの状況だったので返事を返してみたが、
途中、『おにいちゃんに』と言われた事に気がつき反射的にこっちからも聴き返してしまった。
―前にも輪廻とリンカが扉の先について来なかったことはあったが、
自分が扉の先で何があったを話すまでは 彼女たちは何があったかを全く知らなかったし、
その時は「もっと教えてよ~ それだけじゃわかんないよ~」と細かな話まで聴かれたのを覚えていたからだ。
「私じゃなくてね リンカがね扉の先に居た人の事を知ってるらしいよ、
でも細かい事は話してくれないの」
前々から思っていたが やっぱりリンカは普通の鳥ではないんだなと再認識した。
いくら、あれが特殊な扉だったとしても 開けた先の扉に誰が居てどんな人かを知ってるなんて……
でも、月明かりの扉の彼はあの時点で100年以上もの時を月と地上で過ごしていたらしいし
そういう意味での彼はこんな不思議な世界の中では結構有名な人物なのかもしれないなと、何となく思った。
「優しい紫の髪の毛の人が哀しんでた、
好きな彼女がちゃんと待ってくれるかどうかを ね」
自分は今回は輪廻にあまり細かな事を話したくないと思っていた、
あの真剣に悩む彼の話を 思い出しながら語るのは何となく嫌だったからだ。
「僕はあの子を最後まで信じます 後悔したくないから
でもね、僕本人が努力できないのが本当に本当に歯痒いんです。」
少し口にしただけなのに また彼の言葉が頭の中に蘇ってくる、
何故か自分はその言葉を振り払いたかった。
―理由は解らないけど 僕という人間は彼の真剣さを思い出したくなかったのだ。
「え~ もうおしまいなの?教えてよ~」
輪廻は僕の顔の辺りを見、周りをぐるぐる回りながら お得意の拗ねた声で言う。
でも、今回ばかりはどんなに輪廻に言われても言うつもりが無い。
かなり粘っても、僕が口を開かなかったのにむくれて ちょっとヒステリック気味な声をあげる。
「けちんぼ! いいもんリンカに聴くもん ね、いいでしょ?リンカ?」
そのセリフを聴いた僕は横目で彼女の肩に止まっていた彼を見た。
―一瞬ため息をついたように見えたのは気のせいだろうか?
肩から飛び立ち輪廻の目線の位置まで移動した彼は
あきらかにいつもよりも軽やかさを失っているさえずりで 音を紡ぎはじめた、
輪廻はその音に対して拍子をうつように、子供によくある大きなあいづちを打っている。
いつもはそんな事思ったことが無かったのにそのさえずりが
ちゃんと自分の理解できる言葉になっているような錯覚に襲われる、
扉の彼の話を 自分が話すよりも的確に輪廻に伝えているというさえずりのイメージがどんどん強くなる。
そしてそれが 彼のあの言葉がさきほどよりも、より鮮明に思い出させ、
それはどんどん自分の中で押さえられなくなるほど感情に成長していっているのに気がついた。
これは…… 腹立ち?焦り?
自分の中でどんどん負の感情は大きくなっていく、
そんな訳無いのに 僕はさえずりに責められている気がして仕方なかった。
そして、限界まで膨らんだ風船のような感情が爆発する寸前に リンカはさえずりをやめ、
「そっか、結局おねーちゃんは待てなかったんだね」
―輪廻は僕の知らなかった結末までを口にしていた。
「何で?あんなに真剣だったんだろ?何故愛してる相手を待てなかったんだよ?!」
直前まで自分の中で大きく成長していた負の感情がそれを手伝っていたのかもしれないが、
輪廻のつぶやきを聴いた直後に僕は完全に癇癪を起こしていた
足があったらなら地団駄も踏みかねない勢いで そのまま まくしたてた。
「彼は愛してたんだぜ真剣に!彼女は彼を愛してなかったのか?!」
輪廻に怒っても仕方ないのは解っていた、それでもあの黒髪の少女が許せなかった。
―そんな中で自分は激しい怒りを爆発させながらも、
不思議な事に心の奥では妙なカタルシスをおぼえていた。
怒りを口に出して負の感情を吐き出してみてはじめて
自分がどんな感情を心の中で育てていたかが見えてきた感じだった。
―僕は彼の真剣さをみて、自分のふがいなさを感じていた、
彼の真剣さがあれば自分は逃げて水の中に身をゆだねようなんて思わなかったはずだ。
間違えなく現世での自分は真剣に行動できてなかった。
自分が悪かった事を、それを理解してしまうのが嫌だったんだ。
彼との約束を守りきれなかった彼女に腹を立てたのは確かだが、
癇癪自体の本当の理由は自分のよみがえってくる記憶に対する憤りだったのだ。
そんな自分の中の子供じみた逃げ腰の感情が見えてきたため
感情の風船はすっかりしぼんでしまい僕は少し黙った。
少しの沈黙の中リンカが短くさえずり、そして輪廻が言った。
「リンカが言ってるよ 『仕方ないって、誰かの為にだけに生きる事を強要なんて出来ない』って。」
僕は何かで頭を強烈に殴られたようなショックを受けた、
そして 今までに無いほどの鮮明さで懐かしい声が叫んでいた、
「私はキリの保護者じゃないんだよ!なぜわかって……」
記憶の中に眠っていたその声は 最後は涙声で途切れていた。
哀しい声の残像が残る心の中に 色々なものが浮かんでは、消えた。
アルティモの叫び、主の居ない机上の花、月の精霊の彼、そして今の輪廻の言葉が……
何かのきっかけで僕の中で一つのものを完成させそうだった。
そう思ったとたん、まだまばらに点在していた扉が さらに数を減らしていった、
―そしてそのまま扉は全て消えてしまったのだ。
「扉が無い!!」
僕はびっくりしてそう叫び、慌てて360度見渡した、無い。
頭上も確かめた、やっぱり無い。どんなに目を凝らしても 扉は見当たらない。
僕は焦りつつ 何か聞こうと思い、輪廻を見た。
と、輪廻は何故か面白そうに笑いながら ……僕の足元を見ていたのだ。
最後の扉は自分の足元にあった。
2002年6月3日